今年もよろしくお願いします。
2022年 あけましておめでとうございます
【質問】
仏教では、今年が善い年になるか、悪い年になるかは何で決まると教えられますか?
【回答】
今年も年が明けました。
世の中では、新年を迎えると、
「あけましておめでとう」と言いますが、誰もが、
「今年が、昨年よりも善い年であって欲しい」と思わずにおれないものです。
しかし、新しい年がやってきたからと言って、それで人生が明るく生きられる訳ではありません。
仏教では、
「今年が善い年になるか、悪い年になるか、それは日々の心の種蒔きで決まる」
と教えられます。
心で「幸せな思い」を起こしていたならば、
その人はこの世を幸せに生きていけますし、
心が「不満や愚痴」で満たされていたならば、
その人は、この世を苦しみながら、生きてゆかなければなりません。
つまり、「心が善い年になるか、悪い年になるか」を決めるのです。
この心から、どんな思いを起こすか、それは私の努力次第です。
「今日、努力したら、明日は休んでいい」ということにはなりません。
だから、年があけて、心機一転、
「今年こそ、心に目を向けて、幸せな思いを起こし続けるぞ」
と自ら鼓舞すると共に、
皆さんにも、幸せな思いを起こし続けるぞ、と思って生きて頂きたいです。
心は放っておけば、私達はろくなことは思いません。
そして、心が幸せでないから、
私達は物質的な幸せを求めてしまうのです。
しかし、どんなに思い通りに、物質的に欲しいものが手に入ったとしても、
心に目を向けなければ、幸せにはなれず、喜びは続きません。
また、思い通りにならない人生に、苦しまなければなりません。
心から、どんな思いを起こすか。
それは、自分の心がけ次第です。
幸せな思いは、日々、幸せな思いを起こしてゆかなければ、起きてきません。
だから、そういう意味で、
「日々修行だ」とも言えます。
年が変わって、本当に、
「あけましておめでとう」と言える為にも、
この心に目を向けた一年にして頂きたいと思わずにおれません。
『人を幸せにするものは、
物やお金ではありません。
他人の苦しさや悲しさを、
思いやる慈悲の心。
人に優しく振るまい、
困っている人達を助けようと
する智慧のある心です』
『幸せとは、心が自由なこと。
心にわだかまりがないこと。
お金があろうと、なかろうと、
関係ありません。
健康で、心が自由だったら、
それは一番の幸せです』
『ものごとは心にもとづき、
心を主とし、心によって、
つくり出される。
もしも汚れた心で話したり、
行なったりするならば、
苦しみは、その人につき従う。
車をひく牛の足跡に、
車輪がついて行くように』
【ダンマパダ(1)】
『ものごとは心にもとづき、
心を主とし、心によって、
つくり出される。
もしも清らかな心で話したり、
行なったりするならば、
福楽は、その人につき従う。
影がその身体から、
離れないように』
【ダンマパダ(2)】
僧侶